こんにちは!4月から入社3年目となりました、大工2年生の内藤です!
3月の下旬頃から春らしい陽気が続き、気が付けば桜もあっという間に満開!そして早くも散りはじめ…
という事で、他の平成建設社員ブログを見ても、皆さん桜の事を数多く書いていらっしゃいますが、その流れにやや遅れつつも便乗して、僕も桜の事を書いてみたいと思います。(笑)
…といっても、僕が今回ご紹介したいのは、「桜が綺麗に咲いてました~」というようなお話ではなく、
僕が通っていた中学・高校で国語を担当して下さっていた先生が、桜について熱く語っていた話の内容です。
中学生の頃に聞かされたことなので、一言一句正確に覚えているわけではないのですが、先生の口調を頭の中で再現しつつ、以下に書いてみたいと思います。
「君たちをはじめ、現代の日本人は花が満開の桜を見て『わ~綺麗~』と喜ぶけども、実はソメイヨシノってのは余りにも不自然な木なんだよね。
だって、よくよく考えてみてごらん? 普通、どんな植物だって、芽が出て、葉っぱが出てから花を咲かせるだろう? それがソメイヨシノの場合は、芽が出ていきなり花が咲いて、花が散ってから葉っぱが出るんだよね。
聞いたことある人もいるかもしれないけど、ソメイヨシノってのはそうやって花だけ咲いた状態を見せるために、江戸時代末に人工的に作られたものなんだよ。
―しかし、日本の古典文学を見ていくと、そのソメイヨシノが存在しないはずの時代でも、『桜は美しい』という認識が広まっている。
彼らは一体、何を見て『桜 イズ ビューティフル』と言ったのか―
―それは、山桜だ!
山桜は葉っぱが出ると同時に花が咲くから、満開の状態でも葉っぱと花が混在している。
その葉っぱと花の対比、つまりコントラストこそが、本来の『桜』がもつ美しさなのだ。
だから君たちが、もし日本人古来の心を大切にしようとするのならば、
『おお、山桜よ、お前は美しい』 『山桜 イズ ビューティフル』
と、まず山桜の美しさを愛でたまえ!」
…だいぶ脚色した気もしますが、雰囲気は大体こんな感じだったと思います。(笑)
なにぶん十数年前のことなので言葉の端々まで正確に覚えているわけではないのですが、
毎年桜の季節が来るたびに、「ああ、あのとき先生は山桜の美しさを熱弁していたな~」と思い出したりします。
残念ながら、僕自身は桜の種別の見分け方に未だに詳しくなく、町なかで山桜の木を見つけ出すこともままならないのですが…
ただ、先生の言葉を聞いて以来、花が満開のソメイヨシノばかりでなく、花と葉が入り乱れた桜の木もまた綺麗ではないか!と思うようになったのは確かです。
一般的には、満開を過ぎると「もうどうでもいいや」と思われてしまいがちな桜の木ですが、
ぜひ葉が出始めた頃にもう一度、その花と葉っぱの対比に目を向けてみてはいかがでしょうか。
こんにちは!大工新2年生の内藤です。
気が付けば今年度ももう3月末という事で、世間では卒業式シーズン、
そして4月からは新生活の時期となり、平成建設にも50名ほどの新入社員が入ってきます。
…そういえば、自分ももう入社3年目になるんだなぁ…
なんて事を改めて思いながら、先日、自分の携帯電話に記録されているここ2年ほどの写真を眺めてみました。
すると、「ああ、こんなことあったっけ」とか、「あれからもう1年以上経つのか~」なんて写真が続々と。
ということで今回は、そんな個人的な思い出写真の数々を好き勝手に紹介しつつ、自分のこの2年間を少し振り返ってみたいと思います。
入社式の数日前、同じ寮に住む事になった同期と共に。
休日、皆で近所の山に花見に行ったりしました。
夏には、地域のお祭りで神輿を担いだ後に盆踊りに飛び入り参加したり。
会社のイベントで、同期の男勢で余興をする羽目になったり。
(少し見苦しい写真でスミマセン…)
工務部での外仕事は色々きつい事もありましたが、晴れた日の青空は本当に清々しいものでした。
マンションの躯体工事完了後の、屋上の片付けの時に富士山を眺めたり、
早朝、静岡の現場に向かうダンプの助手席からも富士山を眺めたり。
工務部最後の現場はマンションの外構工事。
この日、異動祝いにと、親方がお昼にステーキをご馳走してくれました。
大工工事部に異動して貸与された道具には、毎日本当にお世話になっています。
建て方の応援に入った現場。
正直、もともと高い所は割と苦手なほうなのですが、何度か建て方を経験していくうち、少しずつ慣れてきてはいる気がします。
休日、ドライブの途中で、同期と先輩が携わっている現場に立ち寄り。
大工工事部に異動して以来、長らく入っていた現場にて、
天井下地の上の直人さん。
サウナのように蒸し暑い天井裏で奮闘する直人さん。
加工場で大量のピーラ(米松)材と格闘する日々。
加工場でお社を製作中の山中さんと、そこに集まる先輩方。
厚木への長期出張前日、クロス台(作業台)の加工をする同期のこばけん君。
その横で、彼の出した端材を使って1分で作った「こばけん号」。
藤枝の現場にて。
大工に異動したばかりの頃は何が何やら分からなかった屋根の下地も、今ではある程度分かるようになりました。
現場の柱で、どれだけ高い所まで手が届くか、みんなで背比べ。
そして藤枝の現場も無事木完を終え、
最近は静岡の現場で、やや複雑な窓枠と格闘する日々が続いています。
…随分長々と、まとまりのない写真を並べてしまいましたが、
それだけ、この2年間、色々な経験をしてきたんだなと、自分では感じたりしています。
その一つ一つは、何てことのない些細な経験ではあるのですが、
入社から約2年経つ今、
初めは全然わからなかった仕事が少しはわかるようになったり、
「やべえ…あの先輩怖いな…」と思っていた人と冗談言って笑い合えるようになったりしてきたのは、
そうした些細な経験の積み重ねがあってこそだと思うのです。
これから、まだまだより多くの経験を積んで、人としても、平成建設の職人としても、より豊かな人間になっていけたらなと思いますので、
4月からも、皆様、何卒よろしくお願いいたします。
それでは、今日も窓枠と格闘してきます!
こんにちは!大工新2年生の内藤です。
前回の投稿では最近の仕事についてご報告させていただきましたので、今回は仕事のことは忘れて、自分の趣味について語りたいと思います。(笑)
といっても、あまり胸を張れるほど高尚な趣味をもっているわけでもないのですが…
そんな僕でも、つい熱く語ってしまいたくなるほど好きなものが、この車です。
私こと内藤康介、ローバー社製、'97年式のミニ・クーパーに乗っています。
(もしタイトルから『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンを想像した方がいましたらすみません…笑)
この車、外観だけ見ると、小さくて可愛らしいデザインで、女の子が乗るような車、なんて思われてしまうかも知れませんが、
実際に乗ってみると、エンジン音は大きいわ、パワーステアリングがついてないからハンドルは重いわ、サスペンションがゴム製のおかげで道路の凸凹がほとんどそのまま伝わってくるわと、想像以上に男らしい車です。
おまけに、パワーウインドウも集中ドアロックもついてないし、ギアが4速までしか無いからあまり高速でとばせないし、暖機運転にも気を使わないといけないしと、現在世の中を走り回ってる車と比べると、不便極まりありません。(笑)
それでも何故、僕がミニに好んで乗っているかというと、
外観や内装のデザインが気に入っているのは勿論なのですが、この車が歩んできた歴史もまた、その理由の一つだったりします。
ミニは元々、1959年に設計・開発された車ですが、その後2000年に生産終了されるまで約40年もの間、その形を大きく変えることのないまま製造され続けました。
勿論、時代の流れや必要性に伴って、エンジンの点火方式が変わったり、ヒーターやクーラーやエアバッグがついたりと、ある程度の変化はありますが、
最小限の空間に横置きエンジンとトランスミッションを積み重ねた小型FF車という基本理念は、開発当初のまま。
そこにパワーステアリングだの、パワーウインドウだの、集中ドアロックだの、無くても何とかなる機能なんて要りません!
…というのが、この車のスタンスのようで、そのある意味での潔さに、開発から50年以上の時をこえた今なお、僕や、世界のミニ好きな人たちは惹かれているのではないでしょうか。
そして、そういった話はなにも車だけに限ったことでなく…
「便利だから」「新しいから」「流行ってるから」「売れてるから」…といった理由だけで節操なくあれこれ飛びつくのではなく、
何か一つ芯となる理念をもって、本当に必要なものを受け継いでいく姿勢こそが、より良いものを生み出すことにつながるのではないかなぁ、
なんて思ったりするのです。
ちなみにタイトルは平成建設が掲げる「刻をこえる仕事」というコピーをもじったものですが…
仕事のことを思い出してしまいそうなので、そろそろこのあたりで失礼したいと思います。(笑)
こんにちは!大工2年目の内藤です。
いつも気が付けば仕事とあまり関係ないことばかり書いている僕ですが、今回は珍しく現場仕事の様子についてお届けしたいと思います。
さて、ここ最近の仕事ですが、タイトルにもありますように、子供部屋のロフトを一通り作る仕事を任せていただいています。
お施主様のお子さんは元気いっぱいな三人兄弟!…ということで、ロフトもきっちり三人分です。
このロフト、上の写真ではきちんと三部屋に分かれて見えますが、少し前までは、間に柱が何本か立つだけの一つの小屋裏空間でした。
そこに間柱で間仕切壁や手摺の下地を組み、各部屋の上がり口に框をつけ、フローリングを張って…
床を養生した後、天井下地を組んで石膏ボードを張り…
さらに壁にも石膏ボードを張れば、部屋としての姿がだいたい見えてきます!
そして今は手摺に笠木をつけたりしていて、このあと壁の下のほうに幅木を回せば、大工としての仕事は完成です。
このように下地から造作まで、部屋ができあがるまでの過程を一通りやらせていただいているような感じでなかなかやりがいはあるのですが、すべての仕事が三部屋分あったり、材料や道具の上げ下げのたびに脚立を昇り降りして筋肉痛になったり(笑)と、なかなか苦労もしています。
でも、やっぱり、自分の手で部屋が一つ一つ形になっていくのはなかなかの達成感がありますし、
そして何よりも、
ロフトって、秘密基地みたいで楽しいんです。(笑)
お施主様のお子さんたちも、気に入ってくれるといいなぁ~、
なんて思いながら、以上、ロフトの上より、内藤でした。
こんにちは!大工新2年生の内藤です。
以前、昌平さんの記事で、現場の仮設トイレに花が活けられているという「おもてなし」があったという話がありましたが、
(詳細はこちら→ 「お・も・て・な・し。の犯人捜し」 )
それを読んで、「いや~、いい話だな~」と思うとともに、やっぱり日頃の行いや心掛けがいいと何かしら報われるものなのかな~、なんて考えたりしていましたが…
そんな僕のところにも、来ました。「おもてなし」。
それは、先週水曜日のこと。
現場仕事を終えて、長期出張先のマンションに戻り、夕飯を食べに行こうと自分の車の所まで出てみると、ワイパーの所に何やら白い紙のようなものが…
何だこれ?と思って、手に取って見てみると、
静岡支店勤務の営業職の同期の名刺でした。
(取り敢えずプライバシー保護のため、画像を加工してあります)
何故、彼の名刺がこんなところに…? まあ、立ち寄ったついでに、遊び心で置いてったのかな?
なんて考えながら車に乗り込んで、ふと名刺を裏返してみると、
これを見て、しばらくの間、思わず手が止まってしまいました。
これがもし、何も書かれていないただの名刺だったら、「あいつの名刺かー、とりあえず貰っておくか。」ぐらいにしか思わなかったはずですが、
このたった1行の言葉があるだけで、何か心が救われるような、そんな気持ちさえしたのです。
静岡に長期出張に来て、現場仕事でも日々の生活の場でも常に先輩達と過ごしていると、面白いことや勉強になることが色々と得られる一方で、自分が一番目下の人間である以上、色々と気を使わなければならない場面が多々あったりします。
そうした暮らしの中、同期からこういった励ましのメッセージをもらえたのは、最近の自分にとって、この上ない「おもてなし」だったと思います。
勿論、彼が僕の生活状況を知ってか知らずか、また、どういう意図でメッセージを置いていってくれたのかは定かではありませんが、
こうした、ちょっとした行いで、少しでも誰かの心を救ったり、幸せにすることができたら、それは立派な「おもてなし」なのではないでしょうか。
自分もそんな「おもてなし」を、自然にできるような人間になりたいものです。